マスターの『ホスピス日記』

★その日に思った事書いてただけだから文章になってないよ(.いつもだけど)  お母ちゃんの時のホスピス

7/14更新

3/23

 母親が肝臓癌で亡くなったのは去年の3月12日 お母ちゃんの時のホスピス

2004年3月23日、父親が「胸が痛いから病院で検査してもらう」と朝言っていた

仕事中、お店に電話掛かってきた 「マスター湖北総合病院から電話です」

去年と、全く同じパターン 店を外れられないので去年同様 妻に行ってもらう

帰ってきた妻から話しを聞く

母親の時は「驚いたらあかんよ」と最初にいったけど

今回は大方察しがついてるから話す妻も落ち着いてる

肺に影が沢山あるらしい、手術は出来ないらしい

選択は4つ

1つ目。入院して抗癌剤でで治療

2つ目。投薬で、今までと同じ生活を続ける

3つ目。何もしない

らしい、

母親の時は即入院、3日後手術だったが今回は手術も出来ないらしい

まあ手術しても100%助からないと言われてた手術なんだが..

もし手術出来るなら、母親と同じ外科の先生にお願いしたかったが

それも、叶わないようだ

 

「どこの癌?」

「これから詳しい検査らしい」

どこの癌かも解らないのにもうダメって事か

母親が亡くなって1年 隠居の寝室に1人で寝てる父親の顔を毎晩見てた、毎日一言は話しするように していた

僕は新居の方には寝ず、昔からの隠居の父親の2階で寝ていた

よかった まずは後悔せずに済んだ

40才になってはじめて、親孝行らしい言葉を言ってたな

この1年 母親が教えてくれた

「後悔のないように」 だれの為でもない 僕の為だ

僕が後悔しないように、 それを教えてくれた

母親もラッキーな人だったけど

父親の生涯もラッキーだったな

他人に厳しく、身内に甘い 誰かそんな事言ってたな(笑)

僕は父にも母にも怒られた思いでが1度もない

勉強が学年でびりでも

高校で謹慎になっても

就職してから泥僕で捕まった時も

僕の変わりに家庭裁判所で父が謝ってくれていたな..

20才でお店を出すと言ったら親戚一同 みんな「若いからダメだ」と反対された時

「こいつの 好きなようにやらしたってくれ」

みんなに土下座して くれてた

よく覚えてる

やっぱ 僕にDNAは受け継がれてるのかな

毎晩 父親の寝てる 所を見て 

寂しいやろな いつも寝顔をみて思った

「早く 死にたい」 とか思てるんかな

1年 親孝行はしてきた 後悔はない

あとどれぐらいか解らないが、母親の時のように後悔のないようにしたい

なんとなく 思う

なぜ、余生の選択は僕が決めるんだろう

母親の時も父親の時も、

僕の気持ちは

母親の時と同じだ「3つ目。何もしない」しか考えられない 僕には

これから、姉に電話しなければならない

父親の顔を見るのはそんな辛くないと思うんだ

「幸福な人生だったな お父ちゃん」 と思えるから

母親の時もそうだった

父親の顔を見る方があ辛かったな

 

僕は母親の時も1度も泣いてない 後悔してないから

考えられる出来るだけの事を実行した自信があった

ベストを選び続けてきた

でも、姉は何度も泣いてた

あいつに電話するのは 少し 辛いな

 

姉)若いんなら「頑張れ」て言えるけど

..もう、そんで いいわ あんたに任すわ


4/5

今日担当の先生と話しする

3つの選択

1,入院して抗癌剤で延命する

2,通院で痛み止めだけ飲む

3,何もしない

僕が答えたのは

「何もしない」 できれば母と同じようにい家で死なしてあげたい

もし切るような事があれば、小林先生に切って欲しい

その2つ

先生)抗癌剤で和らげる事はできます

入院が否だと言ってるんじゃなくて母と同じよおうに家で死なせてあげたい

肺がんは苦しいみたい、そうか肝臓がんより最後は苦しいのか

母の時の経験はこれを乗り越えるためにあった...

意味のある事 なんだろうな思った

小林先生にお話する

そうですか、出来る事はやります

大丈夫ですとか言わないところがこの先生らしくて好きだな

『がんばって』とは言わないんだこの先生

俺様も「がんばって」なんて人に言った事はない

だから、波長があうのかな


4/10

今日父親を焼き肉屋さんにつれていった

母親の時には出来なかった事だ

俺様の父親、第二次世界大戦で
台湾に船で渡ったそうだ
舞鶴から出るはずだったが
父親の輸送船だけ故障して
3日出発が延びたそうだ

その日に予定通り出航した他の7隻は
アメリカの潜水艦に中国に着くまえに
撃沈されたらしい
父親の乗った船だけ無事到着出来たそうだ

何回も聞いた話なんだが...


だから、俺様が今 ここにいる
明日は父親を花見につれていこう


4/12


今日。父を連れて「花見」にいきました
「花見行こう!」なんて誘っても絶対来ないから
母の墓参りという事で
姉と2人で連れ出しました

嫁さんの車を借りて行ったんだ
俺様の車2人乗りだから
3台あっても最大乗車人数6人なんだ

国道走ってたら
突然サイドガラスが割れた
 

まあ。車のガラスが何かの
「身代わり」になってくれた
のは確か 感謝 感謝

何か意味のある 事なんだ

意味の無い事なんて何ひとつ起こらないんだから

そのまま走ってたら大型トラックと正面衝突してたんだろう

母が助けてくれたんだろうな

『綺麗やな、今日が満開や』

出不精の父が喜んでくれた

姉と僕と父の3人で写真を撮った

小さいころの写真以来だな 3人だけって

よく父が、新幹線を見に連れていってくれた(乗るんじゃないよ)

こうして親孝行出来る時間をくれた 肺癌に感謝 感謝



5/7たん がでると 病院から電話

心配なので父親が寝てる横に 一緒に寝る

赤ちゃんの時はこうして僕のそばで寝ててくれたのかな

朝起きたら、なんか怒ったように 

「何んでここで寝てるんやい』

まずい...いや

不審におもってくれた方がいいのか

お父ちゃん、今のうちやり残した事があればやっとけ

いいたい


 5/13

子供と妻に10万ずつlくれる

なぜか、俺様には無い(笑)

何んでやろ?何か感じてるのかなあ

この前の横に 一緒に寝た日から少しおかしい


 5/15

血のたんが出るので病院え17日に入院する事になる

16日から妻はアメリカにホームステイする

「私、やっぱりキャンセルするわ」

「おまえはおまえのしたい事しろ、何年も前から楽しみにしてた事や、行け!」

無理矢理行かす。


5/16

妻がアメリカえ、始めは関西空港まで見送るて言うてたんだが

やっぱ、見送りは新幹線まで

父は明日から入院だ。今度は家に帰ってこれるか解らない

最後の夕飯は残りの家族みんなで楽しく食べよう

「すき焼き」を俺様が作った。スーパーで買い物した

お客さんに沢山あう、「何してるんマスター??」

買い物に決まってるやん

俺様に加減はない。2万円の最上級のすき焼きだ

5/17

今日入院 先生が「もし、急変した場合の対処の方法を決めて欲しいとのこと

1,人工呼吸機を付けて呼吸を楽にする

2,何もしない

父が楽な方をお願いしますと言っったんだが

人工呼吸機を付けた場合、機械で生きている状況で

意識がなく植物人間状態になると

それも 辛い

あと、これから積極的な癌治療をするか、しないか

した場合でも効果はあるかどうか解らないし副作用もあるらしい

「もう、母の時とは違い家に帰るという事は考えていません、病院で死なせてあげてください」


5/28

来週から抗癌剤の点滴をします

よくなるか、逆に急変を起こす場合もあります

抗癌剤は強く身体を攻撃しますから、副作用もあります

確認です..と

「はい」って答えたけど 何んで俺様が決めるんだ? とか思ってしまう

本人が決める事なんだろうな とか 思うけど 俺様が決めるしかないのかな

やっぱり、「何もしないで」は難しいんだな


5/30

朝から父親から公衆電話 洗濯物取りに来てくれ

さすがに朝はきつい 初めて「だるいな父ちゃん 何んで朝から行かなあかんのよ」とおもった 

前、母が亡くなった時に看護婦さんに言われた事思い出した

「上田さんところは期間が短かったからそんな綺麗ごと言えるんですよ

半年、1年になれば疲れてきて思いたくない事も考えるんですよ」

「大人のおむつ」を買いに行った 俺様は子供のおむつを変えるどころか買った事もなかった..と思った


6/2

長男が今日から上京↓http://www.biwa.ne.jp/~s5009/saito2/arekoren/otokonokejime

「じゃ、おじいちゃん行ってくるわ!」

「何になるんか知らんけどがんばれよ」

「うん、世界1の映画監督になって来る」

多分、これが最後やろ長男が話し出来るのは


6/7

2日程前から病状が急に悪くなってきた、おしっこの管を入れて御飯も殆ど食べれてない

動かないからだんだんよけいに悪くなってる

担当の先生に呼ばれ「抗癌剤の治療は一旦打ち切ります、副作用の方がでてますしどれだけ効果があるかも解りません」

「はい、そうしてください」もともと抗癌剤の治療はしないつもりだったんだが、後から後悔しないように「してみた」だけかも

後悔というのは後から「○○しておいたら..」と考える事だとおもう

だから、何んでも受け入れてやってみる 何か意味のある事だから

結果が悪くても、それは後悔じゃない「反省」だ

抗癌剤は父の身体には強すぎたから止めよう これは反省だ

何年かしてから、抗癌剤を使っていたらどうなったんだろうと後悔はしない

食事が1人で出来ない 初めてすスプーンで口に運んであげる 僕は子供にも食べさせてあげた事はない

なんか、俺様の顔が笑ってる 他人が見たら変だろうな にゃけながら御飯食べさせてる40のおっさん

俺様の妻には頼みたくないんだ、俺様の親だから 「私がみてる」と言ってくれるんだが

「おまえはいい」と言ってしまう 僕がみたい訳じゃないけど 妻には迷惑をかけたくないんだ

そしたら

「その気持ちは嬉しいけど、今、1番に考えなくてはいけない事はお父さんの事よ」といわれた

さすが、俺様の嫁さん あらためて おもった


6/8

 朝御飯の時だけ行く事にして昼は僕は行けないので妻に甘える事にした

僕はお店9時からだから8時の朝御飯はいけるんだ

スプーンで食べさせてあげる

横向きながら食べてる父、涙が流れてる

痛いのか、辛いのか、いやきっと情けないとか思ってるんだろう 息子に食べさせてもらって

お父ちゃん、情けないのは俺様の方や

今日起きて あ〜病院いかなあかんのかー とか思った俺様の方が「情けなくて」 


6/9

朝と夜は僕が食べさせに行った

赤ん坊みたいなもんだな、親孝行してる自己満足にしたれる

肝臓癌に感謝、抗癌剤に感謝


お昼はさゆりに行ってもらったけど

「自分で食べる」と言って、自分で1人で食べたそうや??

僕やと甘えるんかな..

まあどっちにしてもあの最後のすき焼きの肉、最上級にしといてよかった

安い肉買ってたら..とんでもない後悔するところやった


6/10

「部屋を変わります」と病院から連絡があった。ナースステーションから一番近い部屋だ

夕食の時間に行ったら 誰もまだ夕飯食べてない 6人部屋 6人とも夕飯置いたまま

今までの部屋は30代から50代の人たちだったから俺様が行くころにはみんな夕食半分ぐらい食べてた

今度の部屋は90ぐらいのおじいちゃん ばっかり

うちの父をいれて皆んな夕食が来てるのに水平に寝たまま

いつ死んでもおかしくないような天国に一番近い部屋だ

付き添いもいない。もちろん誰ひとりテレビのスイッチは入ってない 音が無い部屋だ

御飯を食べさせてた

看護婦さん)ごくろうさま

俺様)この部屋にいると元気にみえるわ

看護婦さん)...笑いたいけど笑えないみたいな顔

そうして看護婦さんは隣の「はい○○さん御飯ですよ」

○○さん)「い...らん」

看護婦さん「いらないの、お昼も食べてないよ」「じゃ××さん御飯ですよ」

××さん)「い...らん」

このじいさんら、どうして生きてるんや 仙人か?? 


6/11

夕食の時間に俺様の息子達が顔をみせに来た

おじいちゃん)「おおきくなったな」

息子)「うん」

俺様)変わる訳ないやん1ヶ月で...でも喋ってる?俺様には何も喋らないのに

俺様)仕事が残ってるので店に帰るしな あと頼むわな

おじいちゃん)「ご..くろう..さん」

はじめて、ほめてもらったぜ


6/12

夕食の時間に天国に一番近い部屋に入った

いつもカーテンなんてしまってない部屋(プライバシーはこの部屋にはない)なのに

ひとつ、ひとつのベットを部屋に仕切ってきっちりカーテンが閉まってある...なんかいつもと違うな..

うっとしいのでカーテンを開けて食べさせてたら ななめ前のベットの方から「おじいちゃんー」「おじいちゃんー」

と、泣き声みたいな悲鳴

看護婦さんがこっちのカーテンを閉めにきた。 そういう事か...

でも閉めんといてくれ また開けた

斜前で泣くその死んだ人の家族達

おまえら、その涙は「後悔」の涙やろ

昨日の夕飯の時 その斜前のおじいちゃんは 看護婦さんに2口程食べさせてもらって

後は俺様がいる間中、寂しそうに下をずーと向いてたぞ

途中で来た息子の嫁さん も1分もいなかった

ここの1時間いてみろ、何度看護婦さんや看護師(男)が声をかけてくれてるか

何度おむつをかえてくれてるか、何度こうり枕を交換してくれてるか

看護師(男)さんがやってくれてるのみて

俺様時自分の親でもできない

食べさせに来てあげろなんて言わん。思いもせん 俺様は全くの他人やあんたらとは

でも

俺様は絶対泣かない 自信ある 母の時も泣けなかった

「ごくろうさん」と思っただけや。

ここで、改めて自分が何んで今こうしているのか明確に解った

父に御飯を食べさせてやる

妻には迷惑かけたくない

それも ある

でも、ちがう

よく、むきになって全部しょうと思わないで頼んだら..とか言われるが

そんな疲れないんだ。いやいややってるんじゃないんだ

 「俺様が後悔したく無い」からや 

いつも言うが俺様は究極の自己中なんだ

自分が一番好きで一番大事だんだ。

これで解った疲れない訳が。俺様は俺様の楽しい事(好む事)をやってるんだな

よく解った。

今晩の食事を看護婦さんに食べさせてもらって明日死なれたらいやなんだ

「ごくろうさま」看護婦さんによく言われる

でも俺様は俺様の為にやってるんだ。父の為では無い(断言)

斜前のあの家族みたいにめそめそ泣いたりするのはごめんだ

『俺様が俺様である為に』やってるだけだ。


6/13

父の隣のベットで寝てるおじいさんの給食は、

いつも、そーめん と パン

このおじいさんだけ完全に特別メニューである。

特別というより、毎日 朝昼晩 同じメニューなんだが

看護婦さん)○○さんそーめん 半分食べられたね〜

このじーさん そーめん だけで生きてるのか でんじゃらす すぎ

そのそーめんじーさん が初めて俺様に話しかけてきた

毎回 会釈はするんだが 話しした事はなかった

『まい日 たいへんやね〜』

じいさん あんたの方が大変や 俺様からみたら


6/14

父の隣のベットで寝てるおじいさん 夕食の時 看護婦さんに

「おかずが無い」といった

看護婦あん)○○さん 先におかずだけ食べてしまうからでしょう〜

ジー と こっちを見てる

俺様は今日、お刺身と焼き鳥とトンカツを買って持ってきた おかず ありすぎ

絶対食べれない量なんだが ひとくちでも食べてくれればと思い買ってきてる

そこに俺様の息子がお見舞いに来た

ジー と こっちを見てる

「ああ 可哀想や な〜 わしわ おかず がない」

勝手にこのじいさんに何か食べさせて 死なれても困る

母の時は水分を与えないでくださいと言われていたが、誰もいない時、お茶を飲ませた 具合が悪くなった

「ああ 可哀想や な〜 わしわ おかず がない」もう1回

このおじいさんところに人が訪ねてきてるところ見た事ない

「ああ 可哀想や な〜 わしわ おかず がない」これで3回め

明日このじいさんに死なれたら、俺様 後悔するやんけ..

俺様「これ、よかったら 食べて頂けますか」焼き鳥を1本出す

「ほうですか すみません」

ひとくち食べて そのまま手をつけない 下むいたまま

やっぱり おかずが欲しかったんじゃ ないんだよな

この おじいさん


6/16

俺様が御飯を食べさせに行く時は たべさせてあげる

朝は早くお店に行ななければ..という気持ちがあるから

父の口に運んでしまう、こんな事してたら自分で食べれなくなる のは解ってるんだ

お昼に行ってくれる さゆりは、食べられる距離にお皿をおいて部屋を少し離れるそうだ..

しばらく して戻ると 自分で何んとか食べてるそうだ

看護婦さんが言った「女は本能で解るんですよ、このままではねたきりになって自分で何も出来なくなると..」

そういえば、男の看護師さんは優しい「何かあったらすぐ呼んでね おじいちゃん」

本能か..

ねたきりで何も出来なくなる のと

残された時間が決まっている父は違う気もする

また元の生活が出来るというのなら俺様も、口に運ぶような事はしないかも

死ぬと決まって 残された時間が少ないと

.. 食べさせたいよな

 俺様が後悔しない為に


6/18

お見舞いに来てくれた従兄弟に怒られた 「何んでこんな悪いのに連絡してこないんや」

看護婦さんに言われた

「生きる気力を無くしておられますから、もっとがんばて、がんばって と励ましてあげてください」

がんばって...か

俺様は言えない

がんばらんでもいい 食事とらなくて死んなら それでいい

最後の最後に何んでがんばらんと あかんの

父は公務員で生涯 嫌な仕事も断れず やってきた

この入院してる病院を作ったのは 父ちゃんや と言っていた

そして、その公共工事で問題がおきて責任を取って退職した

その病院でもうすぐ 死ぬだろ

がんばらんで いいぞ 父ちゃん 

もう、何もがんばらんで いい


6/19

朝の食事の時、天国に一番近い部屋の同室のおじいさんに看護婦さんが

「お食事たべますか?」「うん」

俺様)え、食べるのか? おもわずそっちを見た

看護婦さんも「え、食べれるの?」と聞き返している

いつの食事の時も、「お食事たべますか?」「いらん」「お食事たべますか?」「いらん」

これが、挨拶みたいになっていたから、お見舞いに来てるところも見た事ない

俺様が看護婦さんに「そのおじいちゃんが食べてるの初めてみたわ」と言うと

看護婦さんも「私もです」と言った 味噌汁ひとくち飲んだだけだが..

夕飯の時間 また行く 最近は父の隣のベットのおじいさんまで俺様のおかずを待つているから遅刻はしにくい

隣のベットのおじいさんに 「はい、おじいちゃんこれ食べてください」

「いつもすんませんな〜」て..殆ど食べないんだけどね

父に食べさせてて、部屋の感じが何か違う気がした

朝のおじいちゃんが いない

いつも寝てるだけだから気がつくのがおくれた

ベットの上にはり紙「病院のベットは衛生的にされて.....安心して..うんぬん」

このまえ、死んだおじいさんのベットにも同じはり紙がある

看護婦さんに聞く「隣のおじいちゃんは?」

「あ、あ。え、っと こ個室に...」かなり端切れ悪い返事

隣のおじいちゃんよ 朝 お味噌汁飲めてよかったな

人は死んだら、一番元気だった頃の姿になるんだ 

成仏というのは「ほとけになる」と書く

「おつかれさま」「ごくろうさん」

これで6人部屋 いま3人だけ 父より先輩1人 後輩1人

それでは、今日も一日ありがとうございます。
明日もゆっくり休め、来る朝のためにお祈り致します。
明日も、 全身に有形無形の幸せ感じ、
優しい一日を過ごせますように・・・。
それでは、全身で幸せを呼び、更なる笑顔の礎にしてください。


6/20

今日は父の日

そーめんおじさんの所に婦長さんが来られて「先生がいつ退院してもいいよと言っておられますが?どうしますか?」

お、おじいちやん 生きてこの部屋から出られるのか よかったな

本人は気乗りしない 顔してる 下向いたまま

家帰っても、1人で生活できないと看護婦さんに訴えてる

息子さん娘さんに電話するけどでられない 何処に連絡すればいいかを聞かれてる 

「1人で御飯食べられる?歩けないけど1人で出来る?」

なぜ、退院なんだ?

答えは簡単だった 病気じゃ無い人を病院はおいておけないんだ

今日の父のおかず→鯛の塩焼きのお頭付き、お造りの盛り合わせ、チキンの照焼き、海老のテンプラ、メロン

ちょっとした温泉旅館より豪勢、そーめんおじさんにわけてあげたら喜んでもらえた

 

長男のHPの日記みたら↓

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今日は仕事も休みで家でゆ〜ったりまぁ〜たりっ♪♪夜、隣の部屋の大沼さんと一緒に銭湯行って大沼さん部屋でソバをゴチに♪

さて、今日は父の日です。ノ俺は今超貧乏で残金800円。クーラーの無い超ボロアパートで『暑い暑い〜』なんて言ってます。

セールスなんて仕事で毎日街中を駆け回ってます。

お父さん、人生って楽しいよな♪ほんと!!毎日色んな事があって、色んな人にあって、色んな景色があって!!

明日が来るのが楽しみでしょうがない!!

楽しい事、面白い事、辛い事、苦しい事も全部駆け抜けてでっかくなる!!お父さん、

あんたの息子はいずれ宇宙一になるぜ!!絶対にね!!
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親より、長生きするのが1番の親孝行だ

息子よ、俺様はおまえに 何かしてもらおうなんて 何も望んでない

俺様に体しての父もそうだった

何もしてもうらいたい なんて思ってないだろう 今も


6/22

姉がいついてる時にそーめんおじさんの所に息子が来たらしい 初めて見たらしい

俺様もそーめんおじさんの所に誰か来てるのは見た事ない

50代、独身ぽい 奴だったそうだ

息子は部屋に入るなり大声で

「おとん!退院するんやてかー!!そんなんで歩けるんか!」

そーめんおじさん「ある..け..る」か細い声で答えたそうだ

「そしたら金曜日でええか!デイサービスの人に言うとくぞ」

と言って帰りかけて、最後に

「お金払ったんかい!1回か払ったんか!」と言ったそうだ

俺様がその場にいたら間違いなく一発お見舞いしていたやろ

息子が帰ったあと、姉に看護婦さんを呼んでくれ といって

「大便でパジャマまでよごれてるやん 変えるね 」とおむつを変えてもらってたらしい

俺様、そーめんおじさん が歩いてるの見た事ない

これから誰がおむつ変えるんだ 誰が御飯運んでくれるんだ

 1人では何もできない

病気じゃない人を病院に置いとく訳にはいかないそうだが

いつも御馳走を食べてる父を羨ましそうにみてたこのそーめんおじさん

後、何ヶ月の命と

何年かかるかわからないそーめんおじさんの看護

本人にも家族にも

どちらが幸福なのか 俺様にはよく解る

俺様も、いつまで続くか解らない看病を今ぐらいの気持ちで続けていけるか?

と聞かれると 出来ないだろう

終わりが見えてるから、やれるんだろう


6/24

夕方の仕事はお店の女の子達にまかして俺様は夕飯の時間には病院に行くんだ

て、いうか その子達の方が上手いんだ 誰が見ても

たいがい、夕方のお客さんはOLとか学生なので、下手な俺様がやろうとするよりいいんだな

が、今日は5時半からトビ職の格好をした男3人がパーマで入ってこられた

これは、唯一 子供からOL、学生、奥さん、おばちゃん、おばあちゃん、男の人とオールマイテーイに出来るうちの自慢の女の子達が出来ないジャンルであった、

俺様がやるしかない、1時間で終了 早いのは自信ある 日本でもトップクラスだと思う

夕飯に遅れた 急いで部屋に入る

しまった〜

父親はまだ寝たまま、それはいいんだ これから食べればいいんだから

そうめんおじさんが食べ終わってた のがショックだった

そうめんおじさん明日 退院だ あげようと思っておかず多めに買ってきたんだ

もう食べ終わってたか...

俺様は今日の夕飯までしか面倒見てあげられないんだ じいさん

そうめんおじさんの息子を殴ったところで説教したところで

何も解決しないんだ 俺様が生涯責任を持てるなら別だが そんな事出来無いんだじいさん すまん 許せ

みかんだけでも食べてくれ、


6/26

あ、書き忘れてた..

この前の月曜日 どうせ1日中病院にいるんなら暇だから

診察でも してもらおうと、診察券出したんだ 5年ぶり

問診票はすべての欄、「健康」に○

俺様 毎日 イソじんでうがいするから 風邪もひかない

で、みてもらって

先生)「どこが具合悪いですか?」

「え、いえ え〜と 廻りの人間がみてもらえとうるさいもので、僕は病気になんてならない自信あるんですけど..へへへ」

先生)「ははは シャツ脱いで横になってください。」

で、今度の月曜日 MRIしてくれるらしい あのテレビとかでよく出てくる 筒みたいな機械ね

ラッキー 1回やってみたかった やっぱり俺様の願いは何んでも叶うな〜

 


6/28 

MRIを撮った トンネルみたいな機械に入って行く テレビで見るのと同じだ

1時間程して内科の先生のところえ

「う〜ん 上田さん」

な、なんだ

「何もありませんね、綺麗な頭です 肩凝りじゃないですか?」

MRIを撮って、肩凝りと診断されたのは世界で俺様だけかもしれない 綺麗な頭はテレるぜ先生

俺様)「いえ〜 そんな肩凝ったなんて思った事ないんですが」

先生)「ま、そおいうことで 大丈夫ですよ帰っていただいて」

俺様)「せんせい....あの....」

先生)「何んですか?」

俺様)「そのMRIで撮った写真 記念に欲しんですけど...」

先生)「これは、他の病院に行かれる時でしたらお貸し出来んですが、差し上げる訳には...」

俺様)生涯こんなの撮る事 無いと思うんで欲しいんですけど...」(本当はここに張りたかっただけ)
 

先生)「解りましたコピーなら出来ます からお待ちください」

俺様)「ありがとうがざいます」ラッキー

MRI→5000円、コピー代800円なり

前に三男が2回MRI撮った事 あるけど 1万円以上しのに この病院は安いな...

後日、妻にあろまてらぴーというのをしてもらった

妻は、あろまのお店を出してるんだが、俺様まともにやってもらったの初めてだった

「肩凝ってるんちがう?」といわれました 

恐るべしMRI



6/30

給食についてきたみかんをあげる

子供の頃 こうしてみかんを剥いて食べさせてもらった記憶がかすかにあるな

数十回 御飯を食べさせてあげても、俺様は数千回 何か食べさせてもらったんだろう

最近

抗癌剤をしなかったら、前みたいにまだ歩いてたりしてたのかな 

思う気持ちが少しある

でもそれを選んだのは俺様である。後悔はない

俺様には「後悔」や「罪悪感」という感情はない ただ「出来事が起ってる」だけだ

もともと、「後悔」や罪悪感」は他から教えられたものだ

赤ん坊には「後悔」も「罪悪感」もないし ゴキブリを恐いともおもわない

ゴキブリは、「気持ち悪い」というのは教えられたものなんだ

いつも言うがこれが「ふつう」なんですよ と教えられたものなんだ

俺様のふつうは、俺様が決める

「普通の考えをしょう」と思わなければ ならない方が、かなり普通じゃない  といつもおもう

考えてみたら前に入院してても元気だった頃は「早く仕事に戻れ!」って父が言うから5分と病室にいなかった

だから、今の方が御飯食べさせたり親孝行してる実感がある。ラッキー

すべていい方向に向かっている 今日は特上うなぎ

初めてナースステーションにある電子レンジ使った(笑)姉におそわった

今まで冷たいのを御飯の上に乗せてあたためてた 


7/1

おしっこの管が真っ赤 どこか出血してるらしい

朝は卵焼き食べてくれたけど昼も夜も食べれない

口には入れてくれるが、食べないっていうか いつまでも口の中にあるだけ

父はもう解ってるだろう

筋肉痛で入院しているんじゃ無い事を

母の時、 http://www.biwa.ne.jp/~s5009/saito2/okaachiyan

一番辛かった時は 母の手術が終わて外科の先生が

手術は無事予定り終わりました ただこれからの事はほんの少しも望みは持たないでください 
大腸の癌は切除しましたが肝臓の癌あるいはその他の癌で、一週間あるいは1ヶ月かそれは解りませんがいずれ早い時期にお亡くなりになります

それは、いいんだ 感心したんだ あの時は ここまでハッキリ言ってくれたの先生を

そして感謝してるんだ今も、その外科の先生の言葉のおかげで残りの1ヶ月前向きで皆んなが生きられた

でも、その時家に帰って手術の結果を待っていた父に「大丈夫、手術は成功やで」と言ったら

「そうか、そうか、良かった ほんまに良かった」と泣いて喜んでる父を見た時だけが辛かった

母が入院してる時は昼間は父がついてた 夜は姉か僕がついてたんだが

母が「夜はお母ちゃんが横に座ってみててくれてるから、もう帰っていい」とか言った

母の母 とっくの昔に亡くなってる人だ

今はきっと父の横には母がついてるだろう

きっと食べられないんじゃない とおもう

食べようとしてないんだ きっと父は

僕も、「食べないと元気にならんぞ」とは言わない 嘘はつけない


7/2 

 

実は俺様は100%信頼している占いのおばあちゃんがいる

普通の家でやっておられる、料金も決まっていない、志しでいいんだ

霊とかと話し出来て、いろいろ教えてくださるんだ

昔、友だちを連れていって先生の後ろに2人で座ったら

「あんた、昔 妹さん亡くしてるやろ?」

友だち)「はい、3つぐらいで死んでます」

先生)「今もあんたの横に座ってるで、ほれ そこに」

その帰り道、そいつと2人でファミレス行ったんだ

ウエイトレスさん)「いらっしゃいませ〜お2人様ですね〜」

俺様)「いえ、3人です」

...

そいつに殴られた

去年に仕事の事を聞きに行った時 話しが終わって帰ろうとしたら

「あ、今 お母さん出てきたわ あんた これだけはやめてな って言ってやあるでお母さんが」

と小指を立てて けらけら 笑われた 

よく進学や、就職の事を親が聞きにきたり よくしているが

「そんな事、自分で考えさせなさい!」と質問者に言われてるし

「この人とつき合おうと思うんですが?」みたいな質問には

「あんた、私がやめとけて言うたら止めるんか?そんなんならやめとき」と答えられてる

あたりまえ の事を教えてくださるんだな その霊能者の先生は

だから、今回は聞きには行ってない 言われる事は解ってるんだ

「いつまでって聞いてあんたどうするつもりや?毎日毎日を精一杯後悔しないようにしてなさい!」

きっと、そう言われる いや絶対そう言われるだろう 自信ある

そんな あたりまえ の事を教えてくださるおばあちゃん なんだ

これは、霊能者じゃ無いんだが妻の友だちで 何か聞こえる人がいる

その人が3男がねたきりになった頃 3男に触って

「さぶちゃんの為、おかあさんの為、みんなの為..」って聞こえた て言われた事もある

意味の無い事は無い そして物事に意味をつけるのは自分だけだ


7/3

最後に食べたのは卵焼きだったかな?

前晩はうなぎだったかな?高い方のうなぎにして良かった

毎日夕方スーパーで買い物する時、今日は何にしょうかな〜

と、結構 楽しかったんだな と今おもう

今日はドラッグで流動食を買った 高い 1食380円もする 

レジの所で強壮剤を買う3000円の一番高いやつ 俺様が飲むんだ

昔、バブルの頃よくこの高い強壮剤を飲んで遊びに行ったな〜とか思い出した

その時薬剤師の友だちが「こんな高い強壮剤を買って飲んでるお客さんは別の意味で心配なんや」とか言ってたな


7/4

流動食も飲み込めない 6000円分も買ったのに

 母は早くから個室だったけど父は6人の大部屋だ、

良かったと思う、いろんな事を教えてもらえる

そして、やっぱり僕らも父も幸福者だと何度も思い知らされる

で入りは激しい部屋だが、みんなおむつでねたきりの老人ばかり

昼は姉がついててくれるんだが、「1人で6人の付き添いしてるようなもんだわ」って笑ってた

○○さん、点滴終わりました、○○さんうんこしたみたいです、○○さん咳きこんでます

みんなの分のナースコールを姉がしてるらしい、誰もつきそいはいない

ねたきりのおじいちやんの所に2日に1回程来るおばあちゃん

御飯が始まるまえに娘が車で迎えに来て、

看護婦さんに「後、お願いします 食べさせてください、1日前のお牛乳があったけど気をつけてね」と帰ってしまう

おいおい、ここは老人ホームや無いで看護婦さんは沢山仕事あるねん おまえ食わしたれよ

そーめんおじさん 明日退院らしい

夕食の時 娘が来てて食べてるの見て

「ごちそうやね、家に帰ったらそんな御馳走ないよ 兄貴が作るもの食べなあかんよ」

「兄貴も何も作らないだろうな、電子レンジぐらい買ったらいいのに兄貴も」

もはや、口を挟む気も無い 俺様は

父が癌じゃなく ただの寝たきりだったら僕も姉もこんなにできるか?

何年続くか解らない入院に毎日 お見舞いに来れるか??

隣のおじいちゃんが姉に「そのお父さんは上手に子供を育だてられたんやな〜」 言われたそうだ

いや、僕らも父もラッキーなだけだ じいさん 

夜、消灯してからも下を向いて寂しそうにしてる 明日退院の

そーめんおじさん

昨日の夜、先生から「今よりよくなる事はありません、末期との認識をしてください

と、言われたうちの父

今、僕はお店に帰って来たけど、そーめんおじさんに「退院おめでとう」とは言えなかった


7/5
朝、個室が開いたのでどうぞ、と婦長さんに言われた
先週個室に移りたいと言った時は沢山の順番待ちと言われた
ロビーの公衆電話からどこかのおばさんが「今すぐ部屋を大部屋に移れて言われたから手伝いに来て」と誰かに電話してた...

そーめんおじさん の退院は正午、父の引っ越しは10時
ひとあしお先に失礼する、そーめんおじさん ぐっとラック じいさん
お互いこの天国に一番近い部屋の古株になったな
今までの古株は「個室」に行った


もう父は卒業なんだ、

じいさんはまだこれから何か意味のある事の為 あんたの家族の為に帰るんだ

ベットごと移動、看護婦さんが
「上田さん〜涼しい部屋に変わったよ〜」
上手いな そんな言い方があったんだ 何んて言おうか悩んだぜ
ここ2日で食べたのアイスクリーム2口
今日は何も食べてない、3回売店でアイス買ったから俺様お腹痛いぞ
初めて天国に一番近い部屋に行ったときみんな 何も食べて無いのに生きてるの驚いたけど
点滴で生きていけるんだな〜
この点滴終わりましたら知らせてください 
俺様 完全に寝てしまった、個室だと、人間ウオッチングできないから完全に寝てしまった
 
夜来た看護婦さんが「あれ上田さん、個室よく移れましたね予約たくさんあったのに?」 ...今週はこんな感じです


7/6

今日は第一火曜日で1日病院 本を2冊読んだ 買うだけ買って読んでない本一杯あるから

「魂の伴りょ」て本は 、何度生まれ変わっても深く関わる魂の事ソウルメイトというんだけどね

催眠治療してる医師が偶然に同じ過去を持つ男女を診察して、でも2人には教えられない守秘義務がある...て実話

僕は生まれかわりというのを完全に信じてる

だからかな、あんまり死に恐怖が無いんだきっと 父もまた元気な身体で生まれ変わってくる

肉体という乗り物を変えるだけだ

84年落ちの車を無理な整備して乗る事にこだわらなくていいんだ

あの角を曲がれば、新車のフェラーリーがおいてあるんだ 父ちゃん

「三光」第二時世界大戦で日本軍が中国で行った「殺しまくれ、奪いまくれ、焼きつくせ」の三光作戦の話し

村を遅い男子を殺し、赤ん坊も殺し、妻を強姦し、最後に焼きつくす そんな戦争の過去を兵士が語る実話

父も戦争に行ってた、その後高度経済成長、孫が二十歳になるまで生きられて

幸福者だ、今の日本は平和だ、僕の目の前で男性の看護士さんが優しく父のおむつを変えてくれてる

本はネットで買んだ、でも無理して読もうとは思わない

読みたい時は読む時だとおもってるから、今がこの2冊を読む時だったんだな


7/7

今日は、七夕

朝行った時 寝てたので そのままお店に

姉が行った時、寝てる父の口の中に一杯御飯がつまってて慌てて看護婦さんが吸引してくださったそうだ

昨日までお粥だったんだが、もう何も固形物は食べれないていうか 飲み込む事が出来ないから

付き添いしててもお粥じゃ不味いんで「普通の御飯」に変えてもらった矢先だった

誰が食べさせてくれたんだ?寝たきりの父に??

親切な人だけど、窒息する所だったらしい 御飯は止められた

プリン1個食べるれたらしい


 7/8

今日の夜 隣の部屋で何人もで話ししててうるさいんだ

大部屋の時はそんな気にならなかったけど個室になるとやけに気になる

注意しにいく、「もう遅いんだからもう少し静かにしなさい」

俺様、何をイライラしてるんだ?


7/9

今日は姉がお昼に来れないので、僕の妻に頼む

今まで母の時も頼んだ事ないんだが、「私にも何かさせて」と言ってくれる

お昼から姉が夜までいてくれて俺様が夜に交代

血圧を計りにきてくれた看護婦さんが「低いですね」...心電図付けますね

胸にぺたぺた張ってナースステーションまで電波が飛んで向こうで見てくれてるらしい

朝5時頃、起きると ジーと父がこっちを見てる

手を出すと握ってくる 言葉はでない ジーとみてるだけ

行くのか とうちゃん   そう思った

なんとなく解る、さよならと言ってる目だ

初めて、父に言った

『後の事は何も心配するな、僕がいるから、』

今まで言えなかったんだ 死ぬのを宣告するみたいで

そして『ありがとう』これは3回言った

ナースステーションにコール

家族を呼んだ方がいいですね?

血圧はかる

看護婦さん「今の状態では大丈夫ですよ』

そうなんかい

母の時は家に帰ってからだったけど訪問ヘルパーさんが

僕の耳もとで血圧が...ですので..急にいかれることも...」

って言われて帰られて5分程で亡くなった

血圧で解るんだな、

仕事を終えて夜 父の所に戻る 何も食べれないしお茶も飲めなくなってきた

天井の1点をジーと見つめる

「お母ちゃんか?」

「明日お母ちゃんの写真持ってきてあげるからな」

こっちを向いて少し笑ってうんと うなずいてくれた

今週はこんな感じです


7/14

今日午前1時 父が天国に行った

『もう、いいぞ 楽な所に行けな』

これは前回父が母に最後に言った言葉

今回 俺様が父に言った


言って1分で、息が止まった


おつかれさま

俺様を作ってくれて本当にありがとう

仏様に成るで、成仏なんだ
心強い味方が、また増えてよかった

ありがとう

人間死んだら一番元気だった頃の姿になるんだ