マスターの『ホスピス日記』

★その日に思った事書いてただけだから文章になってないよ(.いつもだけど)

母が死んでその1年後、父が肺がん→ホスピス 2


2003年2月7日

母が御飯を食べなくなって何日かして自分で病院に行った
夕方店に電話が掛かって来て『息子さんかお嫁さんに病院に来て頂きたいのですが』と電話が掛かって来た 妻に行ってもらった
お店に妻がやって来て

『気を落ち着けて聞いて』
『うん』
『お母さん癌でもう手後れらしい』
『お前僕が、うろたえると思てたんか?』
『いや、全然』
『そうか解って良かった突然死なれたら後悔しそうやからな』
『じゃ、夜に病院に来てって』
『解った』
『今日は笑ってたらあかんよ』←これよく言われる

親より長生きするのが親孝行と言うもんや

順番通りでよかった 

夜に病院行く 本人はぜんぜん元気
『検査入院しろと言われた』
『そうか』

内科の先生と話しする
本当に残念なんですが、肝臓に癌が転移していますおそらくどこか別の場所に本元があると思われますが、こうなってると本当に私も残念なんですが..

先生、あと1年ぐらいですか?
いえいえ そんなもう3ヶ月とか1ヶ月とか月単位で考えてください
(う、さすがにびっくりした)


今は抗癌剤も良くなって来てますが、髪が抜けたりしますし、何日か延命するよりお家の方に帰られて家族の方と過ごされる方法もあります お母さんには言いませんし、おじいさんにも言われない方が良いと思います

はい、僕は抗癌剤などは出来れば使わないで欲しいと思ってます

そうですね、その方が私もいいと思います

その夜 姉にだけ電話した
『お母ちゃん癌で三ヶ月らしい』
『え〜、』姉ちゃんはかなりショックだったようだ

家帰って今度は子供達に
『おばあちゃん癌であと三ヶ月で死んでまうそうや、後からもっと.話ししといたら良かったと後悔しないよういっぱい喋っとけ
交通事故で死ぬわけやない、3ヶ月もあるんやから
それから、おばあちゃんとおじいちゃんは知らんからいずれお父さんから言うから悟られるな
それから、、もうひとつ
将来、お母さんが癌であと3け月やと子供のおまえらに言われたら 絶対お父さん(僕)に言えよ
それと、お父さんが癌だと言われたら すぐ言え 絶対黙ってるな それだけ約束しろ

かなり理屈が合わない話しなんだが
今は父ちゃんと母ちゃんには言えん でも自分なら絶対.黙ってられたら嫌やと思た

皆んな子供らは泣いてた
僕はまだ泣いてない
何時から僕泣いてないんかな?



 

3日後手術(とりあえず大腸だけ切除)
手術終わった時(夜の11時)待ち合い室に居たの僕だけ(かなりクールな家族)
おじいちゃんと妻と姉にはもう遅いから帰れと言った
担架を押して出て来たのは、ちょうどお客さんの看護婦さんだった
『大変ですね』
『手術室から出て来た時に身内1人て珍しいやろ?』
『うん(笑)いつもはワ〜と囲んでこられますね』

次ぎに先生が出てこられた
こちらも待ってるのが1人でちょっと驚いておられるようだ

手術は無事予定り終わりました ただこれからの事はほんの少しも望みは持たないでください 
大腸の癌は切除しましたが肝臓の癌あるいはその他の癌で、一週間あるいは1ヶ月かそれは解りませんがいずれ早い時期にお亡くなりになります
 
うわ〜きっい先生や(どう見ても年下)死ぬのは覚悟出来てるんやけどこうはっきり言われるとなんかむかつく
『はい、いいチャンス与えて頂いたと思って残り親孝行します』

先生の顔色が変わったなんか嬉しそう
そうですか、そう言って頂と安心です僕は末期癌の患者さんには告示するんです、
残りあとわずかなのに廻りからがんばれがんばれと言われ、何んで手術したのに良くならないんだと怒ったり
私はがんばってるけど良くならない みんな私のしんどさを解ってくれない とすべてに不審に思いながら残りの時間を過ごすより、
廻りの家族の方に癌んあのによくがんばったねと言われて残りの時間を過ごされた方がいいと思ってます
まずは家族の方からすべての望みを捨てて頂いて それから本人にも伝えてあげられたらと考えています 
まず息子さんがそう言って頂くと安心です私も出来るだけケアしますから
出来るだけ早く家に帰ってもらって、家族に囲まれながら子供の頃のアルバムなど見たり、その頃の話しをしたりして過ごしてください

『はいそうしてあげたいです』(あげたいんじゃなく、したいんだが)

でも、いいですか本当に具合が良くなるのはほんの『短い間』です 忘れなにように

いい人や..この人


今日は外科の手術してくれた先生が部屋に来て、『今日から歩く練習をしましょう新記録の退院記録を作りましようね』と母を起こそうとしてくれた、母は『先生〜まだ痛い〜』とか言うて起きようとしない 後から来られた内科の先生に『あの外科の先生恐い 』とか言った でも僕にはよく解るあの外科の先生は本当に優しい方なんだと思う 1日でも、1時間でも早く母を家族の待つ家に帰してあげてあげようとしてくれてるんだよないいお医者さんに手術してもらえたな


5日目に初めての食事、おもゆ
あ〜 おいしい お前に半分残しといたろか?
そんなお湯みたいなもんいらんてお母ちゃん
親は自分がこんなんでも、子供の事考えるんやな


2/23あまり具合は良くない 今日行ったらベットに家族の似顔絵が貼ってあった

後から妻から聞いたら長男が書いて自転車で行って貼って来たらしい

なかなかいい男になったなと 少しみなおした


2月24日 今日外科の先生.に呼ばれて病院え 大腸の手術の経過は順調ですが、肝臓の方の癌が血液検査の様子から見て、進んでいるようです 手術後身体が弱っている.時に癌が進行する事はよくあります

今の時点では肝不全を起こす確率が一番高いです 今後、何週間食事をとれるか解りません

今が一番良い状態かもしれませんから家に帰るのであれば少々無理しても今週末にでも退院されて在宅で医師の往診などを受けるちょうにされても

『先生、最後はやっぱり家で死なせてあげたいんですが最後の最後苦しんでたら救急車を呼んでしまうのかなと思ってるんですが』

『それは家族が強い意志を持ってください 病院に行えば助かるなんて思ってしまいますが、そう決めたら最後まで強い意志を持ってください で、ないと今までの苦労が全部水の泡にないますよ』

『そう思うんですがいざ苦しんでたら呼んでしまいそうで』

『今予測される肝不全では最後に苦しんだりわめいたりされる事はありません 黄疸が出て意識がもうろうとされて意識不明になってから半日程で亡くなられると思います 癌は最後は苦しみはありませんよ』

『それを聞いて安心しました 』

『次ぎの朝 私か看護婦が綺麗にさせて頂きに行きます』

『本人も絶対 家で死にたいと思ってると思いますので』

『最後に病院に帰って来ては最後に家族皆んなが手を握ってあげる事がしにくいです』

『ありがとう ございます』

息子さんが本人に告示しにくいのであれば、誰でも言いたくありませんよね 私が第三者の立場でお母さんに言ってもかまいませんよ 』

『いえ、それ言うんなら僕が言います 最後の最後に死んで行く母に嘘を付くのはいやですから』

『そうですね 黙ってたら必ず後悔しますよ 最初はまだ死にたくないと泣かれるでしょう でも一週間もされたら落ち着かれると思います 統計的に高齢者の場合自殺されるというケースはまずありません』

『後悔しないよう』か俺様の好きなフレーズや..なんくるないさ〜


2/27今週から殆ど食事が取れてない 手術後より具合が悪くなって来てる 胃がどうかなってるらしい検査 夕方病院に呼ばれる 昼は父が付き添ってるのだが父は母の病気の事をポリープだと思ってるから.父に見っからないようにしないといけない

姉と僕が先生から話しを聞く 最悪の場合は胃に悪性の癌が出来ているかもしれません でも、もうそうだとしても開腹手術は行ないません 今日.からチューブが付きましたのでお家に帰って頂くという事は難しくなりました 

最後の最後意識不明になってからでも連れて帰りたいのですが

私もそれはすばらしい事だと思いますよ 後お父さんの事なのですが今日も少し気付いて 来られたたようなんです

さっき姉にも同じ事言われた 先生と姉が話ししてると。手を掴んで『何んて言わあたんや?』と

父は手術後だんだん悪くなって行く母を見てる 何んで悪くなって行ってるのかも知らない

なのに、退院しなさいと言われてる 

父には言ってない でも僕の妻が死ぬ事を僕が知らないようなもんである 父の顔を見るのが一番辛い 嘘付いてる訳だから、内科の先生も親戚もお父さんには言わない方がいいと言われ(少しぼけてる)、黙って来た 皆んな父の性格を知っているから言ったら父が先に死んでしまうと心配しての事だが、がやっぱり妻が死ぬ事を旦那が知らないのはおかしい 僕も後から早い時期に父に言ってあげれば良かったと『後悔』するのは嫌だ

いずれお父さんが私に聞かれると思いますがどうしましょう?

(僕)先生はどうしたいですか?

私は正直に言われた方がいいと思います でないと亡くなってから『何んで言ってくれなかた!』と家族関係が崩れてしまうと思います

そうですね たとえ父が死んだとしても嘘付くよりいいですよね

大丈夫です私が今まで観た中でそれで自殺なさるような方はいません  落ち込まれると思いますが

姉と先生が父に言ってくれた後は2,3日父をマークしとかんと危ないなと...言ってもらう日を決めた

確かに今言わないと父が先生に対して不信感を持ってからでは遅い 今信頼関係のあるうちの方がいい

父は一番知る権利がある人なんだから


3/1『モウあかんかもしれん』と初めて母が姉に言ったらしい

母の母(大昔に死んでる)が夜、付き添いをしていて くれるらしい(仏さん?)


3/3父に母がもう少しで死ぬと言う

先生は意外に回りくどいいい方をしていく

おもわず僕が『すまん父ちゃん 僕知ってたんや 言えんかってごめん』

姉に後ろから叩かれる『あほ』

そう先生や姉は僕らも知らなかった事にしょうと していたのだ

でも親 ましてや妻が死のうとしてる人にもう嘘は付けん

怒るかな?父ちゃん?

『そうか、ようしたってくれたな ありがと』

父ちゃんがおもいっきり泣いてる

姉もおもいっきり泣いてる

僕は なぜか泣けない 悲しいという感情がないのか?

でも、この家族で良かったと 感謝の気持ちで一杯だ


3/4今日から、モルヒネを投与

よく体が動く あんなに弱っていたのに?

先生)これは麻薬です だから無意識に体が動くんですよ

母が言う事が.かなり意味不明になったのもそういう訳か

こうなってしまうと『死ぬ』と言ってもなかなか理解出来ないかもしれん


この頃から夜中とかに何度も『危ない』と家族が集まる

もはや母は声も出ない だか小学生の息子にだけ何か言をうとしてる

コロコロ買..って来てあげる...から待つて...て...

お母ちゃん 人の心配してるんか 自分がこんな時に..


姉と僕が付き添いしてる時に 母が『う〜ウー』と何か伝えようとしてる

姉が手鏡見せてあげた

自分の顔を見てる 1ヶ月ぶりぐらいに見てるんちゃうかな

どんな風に写ってるんやろ


3/10もう尿が出ない これが肝不全というやつらしい

尿が出ないから体の中の悪いものが外に出ない

どんどん体の中に悪いものが溜まってくる

なるほど、人間の体というのは本当に上手く出来てるもんやな 

先生)多分あと半日程でしょう

そうか、いよいよか まだ1ヶ月やのにな

姉に相談する『家に連れて帰ろ』『私はいいけどお父ちゃんが....』

確かに父は覚悟は出来ているかもしれないが、家に連れて帰るという事は

点滴もチューブも外すという事やから ある意味 安楽死みたいなもんや

僕が説得する

『父ちゃん お母ちゃん 家に連れて帰ろ』

父『わしは...かなん...恐い』

『皆付いてる 家で自分の布団で死なしたろ』

父『.......』

『生きたまま退院しよう 後で後悔するとあかん 今しかない』

父『お母ちゃんに聞いたってくれ』

もう殆ど意識無いんだが

おもいっきり大声で母に言う『お母ちゃん帰りたいか〜』

首がうなずいた気がした いやもうそんな事はどうでもいい

よし〜家に帰るぞ 退院おめでとう〜や〜

先生に『家に帰ろうと思います』と言った

おもいっきりの笑顔で『そうですか それが.いいです そうですか』 嬉しそう

『でもいいですか亡くなられる時は落ち着いてくださいね 慌てないで息が止まったら時間を見ておいてください』

看護婦さんもみんな『大丈夫ですか?』と言ってくれる でもみんな嬉しそう

『私達も患者さんが亡くなられるのは実は見たくないんです、家族の方でそれをしてくださるのは本当に嬉しいし、本人にも一番いい事だと思います 強い意志を持ってがんばってください』

みんな いい人らやな 

この先生でこの病院でよかった 肝臓癌でよかった

ほんまに幸せものやでお母ちゃんは、

僕)先生救急車で送ってもらえるんですか?

『いや(笑)救急車は反対なんです え〜と どうしょうかな 看護の車を手配しますね』

1時間後には家に帰って来てた

『お〜い 退院して家に帰ったで解るか〜』

母は少しうなずいた気がした


先生も病院の帰りに私服で来てくださった いい人だなほんと

さてここでまた事件が起る 長男(琵琶湖で行方不明になったりデズニーシーで泳いだりと俺様のDNAを一番受けてる子供)が信じがたい事を言った

『俺、明日卒業旅行行くわ 青春18切符は5人でないと買えないんや』

俺様)『おまえ今おばあちゃんが死のうとしてるんやぞ いいのか』

長男)『何処に居ててもおばあちゃんを想う気持ちは誰にも負けん 今しか出来ん事しておかないと後悔する』

おみごと、と言うぐらいの強烈な遺伝子(なんくるないさ〜DNA) まるで自分と話てるみたい

俺様『しかしこれだけはお父さんも行けとは言えん、ただおばあちゃんが喋れたら行けと言うやろな』

長男)『おばあちゃんに聞いてみるわ』

長男)『おばあ〜ちゃん〜 俺旅行行くで帰って来るまで死なんといてや〜』

死にかけてる母)  『うが』

俺様『今...うんと言ったな』

長男)『うんありがとう おばあちゃん』

妻)『私は、痛っ!て聞こえたけど,,,,』

結局半日で旅行から引き返して来たが こちらの寿命がちちんだ


3/12家に帰ってから2日たった 

今まで『がんばれ』としか言わなかった父親が

『もういい..もう楽な所え行け..』と言った

その1時間後 家族みんなが見守る中 母は静かに息をひきとった

幸福な死に方やなと思った だから僕は泣けない 悲しくない

多分後悔するから泣けるんだと、その時思った

十分やれる事はやった 後悔はない

1ヶ月間 親孝行させてくれた肝臓癌に感謝してる

息子達に言った

おばあちゃんが最後に教えてくれたのは、人間いつか死ぬ

だから毎日毎日を後悔しないよう生きろと言う事や 忘れるな

このDNAは受け継がれて行くだろう

最後に妻が言った

『このひと月が、一番 家族らしい家族だった』